東京高等裁判所 昭和42年(ネ)679号 判決
被控訴人らは、控訴人が訴外明石清之助に本件土地を担保として金員を借用するについての斡旋を依頼し、同訴外人に本件土地の登記済権利証書、控訴人の白紙委任状および印鑑証明書を交付し、次いで同訴外人が前記訴外飯田および訴外星に同趣旨の依頼をして右書類を交付し、さらに右訴外飯田および訴外星が被控訴人築島の使用人である訴外牧野辰己および訴外池田某を介して同被控訴人に右書類を呈示し、控訴人から本件土地の売却につき委任された旨言明したので、同被控訴人がこれを信じて登記所および控訴人方に赴きかつ本件土地を現認したうえ買受けたのであつて、同被控訴人が訴外飯田および訴外星に控訴人を代理して本件土地を売却する権限があるものと信じたのは正当の理由があり、民法第一〇九条第一一〇条により控訴人において右売買につき本人としての責に任ずべきであると主張し、控訴人が訴外明石に本件土地を担保として(ただし控訴人は抵当権設定の方法による趣旨であつたと主張する)金員を借入れることの斡旋を依頼して同訴外人に被控訴人主張の書類を交付し、右書類が同訴外人から訴外飯田に、訴外飯田から訴外星にと順次交付されたことは控訴人においても争わないところである。
原審および当審における証人三吉忠清の証言および控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の夫である訴外三吉忠清は、かねて訴外明石から金を借りたい人があつたら紹介してくれといわれており、訴外明石の使用人である訴外阿部一郎からも同趣旨の手紙をもらつていたところ、たまたま近所に一町歩八〇万円で買える山林があり、自己の手元に三〇万円あつたが五〇万円不足するので、右五〇万円を本件土地を担保として他から借入れて右山林を買受けようと考え、控訴人の承諾を得たうえ、昭和三四年七月訴外明石に対し右五〇万円の借入れについての斡旋を依頼し、訴外明石は知つている会社があるからそこから都合してやるといつて承諾し、両名の間で借入れの条件としては本件土地に抵当権を設定し、利息を年一割二分、返済期を三か月後とすることを約し、訴外忠清から訴外明石に前記本件土地の登記済権利証書、控訴人の白紙委任状および印鑑証明書を交付したこと、ところが訴外忠清および控訴人は、その後間もなく司法書士である訴外鹿倉忠雄から書類をみせられて本件土地につき被控訴人築島への所有権移転登記がなされていることを知り、訴外明石からいまだ借入金を受領しておらず、また本件土地を売却する意思はなかつたので、事の意外に驚いたこと、訴外忠清と控訴人はともに農業に従事しており、訴外忠清は幼時から難聴であり、小学校も卒業していないこと、両名は訴外明石が池袋にある東都新聞社の外交部長であると称し、また姉が川越の弁護士に嫁いでいるので悪いことはできないといつていたこと等から同訴外人を信用していたことが認められ、原審および当審における証人明石清之助の証言中以上の認定に反する部分は信用しがたく、他にこれを左右するに足る証拠はない。
甲第一一号証の一ないし五は、当裁判所が控訴人の申請に基ずき浦和地方法務局川越支局に嘱託して送付を受けた本件控訴人から被控訴人築島への所有権移転登記の申請書およびその付属書類であり、そのうち同号証の四は控訴人作成名義の委任状、同号証の五は控訴人名義の印鑑証明書である。控訴人は当審において、右の印鑑届をしたことがなく、同号証の四および五に存する「三吉」の印影が自己の印章によつて顕出されたものであるかどうかについて不明確な供述をしているけれども、これらの印影は控訴人の当審における本人尋問の際の宣誓書に存する印影と酷似しており、また証人三吉忠清は原審および当審において昭和三四年七月当時訴外明石に交付した前記印鑑証明書は自分の方でとつておいたものである旨供述しているのである。次に右三吉忠清の当審における供述によると、訴外明石に交付した前記白紙委任状は、同訴外人から委任状を要求されたが、字がうまくないから書いてくれといつたところ、同訴外人が白紙の右側に「委任状」と書き、左側下に控訴人の氏名を書き、自分が控訴人名下、「委任状」と書かれた上のところ、中央の上のところの三か所に押印したものであるというのであつて、前記甲第一一号証の四の委任状が受任者欄および委任事項欄が空白で「委任状」の表題、委任文言等が不動文字で印刷された用紙であるのと異つており、甲第一一号証の四が訴外明石に交付された委任状であるかどうか疑を生ぜしめないではないけれども、甲第一一号証の四に存する「三吉」の印影が前記のとおり控訴人の所持する印章の印影と酷似していて忠清の右供述のとおりの三か所に押印されてあり、訴外忠清および控訴人以外の者がほしいままに前記印鑑届をしかつ控訴人名義の委任状を偽造したことをうかがわしめるような資料は他に存しないから、前記忠清の供述には記憶ちがいがあり、甲第一一号証の四は訴外明石に交付された前記白紙委任状であると推認するのが相当である。そして甲第一一号証の四の左下隅に司法書士鹿倉忠雄の書記料の記載があり(なお受任者欄には同司法書士の住所氏名が記名印によつて押印されている)、また原審および当審における証人明石清之助の宣誓書の署名の筆跡からすれば、右甲第一一号証の四に記入された文字は右明石以外の者によつて記載されたものと認められないではないから、結局訴外忠清が訴外明石に甲第一一号証の四の委任状を交付した当時、その受任者欄、委任事項欄および委任者欄はすべて空白のままであつたと認められるのである。
ところで以上認定の事実からすれば、訴外忠清および控訴人は、訴外明石を信用し、同人に本件土地に抵当権を設定して金五〇万円を借受けられるようその斡旋を依頼して本件土地の登記済権利証書、控訴人の白紙委任状および印鑑証明書を交付したのであつて、右書類を何人が行使しても差支えないという趣旨で交付したものとは到底認めがたいのである。証人明石清之助は原審および当審において、訴外忠清から権利書等を他人に預けることも頼まれており、訴外飯田から右書類の預り書を受取つてこれを訴外忠清に渡してあり、その頃訴外忠清を訴外飯田に引合わせた旨の供述をしているけれども、原審および当審における証人三吉忠清の証言および控訴人本人尋問の結果に照らし信用しがたいところである。このように訴外忠清および控訴人が特に何人が行使しても差支えない趣旨で抵当権設定登記に必要な前記書類を訴外明石に交付したものではない以上、訴外明石からさらに交付を受けた訴外飯田および訴外星が右書類を乱用して被控訴人築島と契約を締結しても、控訴人が民法第一〇九条によつて右契約の効果を甘受しなければならないものではないことは、最高裁判所昭和三九年五月二三日第二小法廷判決(同裁判所昭和三八年(オ)第七八九号登記抹消請求上告事件)の趣旨に照らし明らかである。
(岡松 小林信 中平)